思えば幼少の頃から美術展に連れて行かれていた記憶がよみがえる、ふもぱん先生(他称)です。
ある方が Facebook で「行ってきました」という投稿をされているのを見かけて、『琳派400年記念 細見美術館 琳派のきらめき ―宗達・光琳・抱一・雪佳』を観に行ってきました。会場はいまだにエレベーターガールを生で見られる日本橋高島屋(今のうちに体験しておきたい Japanese Old School Style )。
金曜の夜に行きましたが、展示自体が渋いせいか、夜だったせいか、適度な混み具合で快適に観られました。会場には部課長クラスの年齢かなと思しき熟年男性と、その部下ではないかと思しきお淑やかな女性の二人連れがいらしているのを見て、各種想像力がかき立てられた次第です。
脇道にそれました。
本展の収穫は鈴木其一
琳派は学生時代に観た尾形光琳のイメージが強かったのですが、10数年ぶりに観たこのテーマでの発見は鈴木其一(すずき きいつ、1796年4月 – 1858年10月16日)。
私が日本画に惹かれる要素は、
- 描く対象そのもののおもしろさ
- 余白のとり方(レイアウト)
- 濃淡による表現
が主なものですが、今回はこれらの点を突いてくる『朴に尾長鳥図』や『藤花図』が印象的でした。
そもそも掛け軸の縦長フォーマットが好きなのかもしれませんが、描かれている範囲以外の部分まで想像力をかき立てられる画面の切り取り方や、濃淡によるリアリティある表現(ただ写実的という感じでもない)がいいです。
お金余り、時間余りが歴史をつくる
最近、サントリー美術館の『生誕三百年 同い年の天才絵師 若冲と蕪村』や山種美術館の『花と鳥の万華鏡 ―春草・御舟の花、栖鳳・松篁の鳥―』も観て思いましたが、江戸時代のすぐれた作品は、お金も時間もある裕福な人々が生み出しているようです。
たしかサントリー美術館の方で観たのだと思いますが、贋作との比較をする展示がありました。その解説によると、そもそも使っている絵の具の質が違う、という指摘が。当時の最新の絵の具や画材を使っていたり、想像するに、膨大な時間をかけていろいろな表現の実験を繰り返すことで技法の開発をしていたり、お金も時間も相当投資したのでしょう。
話題はそれますが、校正で関わっている某有料メルマガで、「お菓子の定番商品は大体1980年代までにつくられた」といったことが紹介されていました。ポッキー(1966年)やきのこの山(1975年)、コアラのマーチ(1984年)などなどですね。私のかつての得意分野(?)であるスニーカーについても言えるような気がしました。
80年代と言えば、日本のバブル期。世の人がお金と時間を使いまくっていた時代です。家電類が過剰に進化したのもこの時代のような気が(ガラパゴスの源流?)。ソニーのウォークマンは1979年、カシオの G-SHOCK は1983年、初代携帯電話とも言うべく「ショルダーフォン」が1985年の発売です。
そう言えば、カシオはタッチスクリーンの時計を昔出していました。
Apple Watch にはこの時計で対抗したいものです。高校生のとき、大枚をはたいて買ったのですが、何らかの理由で手放しました。なぜだ。今こそ巻きたい。類似商品としては、いわゆる「漢字データバンク」はいまだに持っています。
脇道にそれました。
「マイ・バブル期」をつくる
お金も時間も余る時代は何かが生まれるのかもしれません。最近、日本の一部大手企業にはお金がだいぶたまっている所もあるようですので、そろそろパーッとやっていただきたいですね。
一個人も、意図的にバブル期をつくるといいのかも。
「俺、この会社辞めたらバブル期に入るんだ…(お金と時間を使いまくる)。」
私も会社を辞めてから約半年間はバブル期でした(銀行の残高がおもしろいように減っていったので、驚きましたが)。この時期は人に会ったり、ぼーっとしたり、毎日ミスドに通って顔パスで飲み物が出てきたり、非常によい時代でした。いや、もっとコンセプトのあるバブル期にすればよかったです。
もちろん、お金も時間もないからこそ生まれる知恵や発想というものもあります。ただ、何事もバランス。しばらく節約モードが続いているなら、バブルモードの発動時期かもしれません。
長年勤めた会社を離れる、長年住み慣れた土地を離れる、生きていると節目というものはどこかでやってきます。そんなときに「俺のバブル」をつくれるようにしておくと、画期的な自分がつくれるかもしれません。自分の歴史に、バブル期の変な時代を組み込みましょう。
日本美術の鑑賞について書き始めたのに、こんな結末になるとは我ながら予想外…そろそろ2000字を超えてしまうので、今日はここまでにしておきます。
マイ・バブル期は計画的に。