自分の「食の基準点」をつくる

先日書いた「健康は信頼関係のベースにある」で写真を載せた「京風ちゃんこ鍋」をいただきました。

今住んでいる家に越してきて、はじめての冬、はじめてのお鍋。

だしや食材、〆のうどんまで入っており、まさにオールインワン。冷蔵庫にあった大根もついでに合流です。

我が家ではみそ汁用にだしをよくとっていますが、鍋用のだしは味がしっかりとしていて、それでいてしつこくない…絶妙な加減が見事です。自分でこういうのをつくろうとすると難しいのだろうなぁ、などと思いつつ、うどんとだしを最後までたのしみました。

日常的に自炊をするようになってそろそろ半年。

たまに外食をすると、「これ、家でできないかな?」と考えたり、「どんな食材でできているのだろう?」と想像したり、食への解像度が少しずつ上がってきました。

悩ましいのは、おいしいものや、そうでないものを知るほど、おいしくないものが遠のいていくことでしょうか。端的にいうと、典型的なファストフードの味が少々億劫になってきました。安いので経済的にはよいのですが。

珈琲も、数年前は「どれも大して変わらない」などと思うレベルでしたが、最近はおいしくないものがわかるようになってしまいました。珈琲の扱いが低いお店で、うっかり珈琲を頼んでしまい、後悔することがたまにあります。ある意味、おいしいものを知る以前の方が楽だったのかな、と思わなくもありません。

外食は誘惑も多いので、やはりベースは自炊なのかな、と思う今日このごろです。

ごはんに納豆、みそ汁、それに焼き魚でもあれば、満足できます。珈琲も自分でドリップすれば、ハズレにはなりません。このベースがあって、たまに外で食べるくらいがちょうどいい感じです。

これが食べられればひとまず満足。自炊でそんな自分の「食の基準点」をつくれると、暮らしの礎がつくれるように思います。

食の地盤づくりも計画的に。

京風ちゃんこ鍋

ちなみにお鍋セットはこれぐらいのサイズ感でした。どすこい。

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